旧徳山村の様子 (2001年)

 shinが初めて旧徳山村を訪れることになったのは、2001年9月だった。小学校4年生の時ある教材の本で、「日本の地図から消える村」という記事を

見て、「一度でもいいから行ってみたい」と思っていた。そして、2000年5月テレビのニュースで「徳山ダム本体着工」を見てその時の事を思い出し、行ってみる事に

してみた。

大阪からは名神高速を米原まで行き、そこから北陸道を福井方面へ木之本インターで下りて、そこから国道303号で岐阜県方面へ、途中に八草峠という難所が

あったが、近年道路整備が進み、3キロ近くのトンネルが完成し、冬期通行不可能だったのが、ほぼ解消されました。その峠を越えると岐阜県揖斐川町に入り、約30分ほどで

横山ダムに到着。そこから国道417号を通って約40分くらい走る。途中で徳山ダムの本体工事の現場を見ながら進み、旧徳山村に入る。

現在の旧徳山村の中心部真ん中に白い建物は旧徳山小学校です。   村で大きな鉄筋コンクリートだった建物。中学校の体育館もそうでした。

運動場から校舎を見る。もう児童の声は聞く事ができない。 ある教室で、無数のらくがきの中に「徳山しずまないでくれ」は胸に打たれてシャッターを切った。

校舎の屋上から見る。昭和60年代までは普通の村だったのに・・・。 旧本郷地区から旧上開田地区につながる橋。もうここを通る人は居ない。

現在、旧本郷地区には住んでいる家は一軒もありません。

旧徳山村を舞台にした映画「ふるさと」の看板。ダムになる頃には移転しました。(?)

旧役場の向かいにある神社。かなりの荒れ放題でした。旧上開田地区を見る。以前は立派な中学校の体育館があったが、訪れる直前に取り壊されたらしい。

ちなみに真ん中にある山はダムの本体に使われる良質な粘土質の土を採取するそうです。本体の土台(コア)に利用されました。(右写真)

山の上から見た旧本郷地区ダムが出来れば右の写真になってしまいます。(推定)

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